第10回~標本抽出について~

以下の疫学研究における標本抽出に関する説明について、正しいものの組み合わせはどれか。

a. 獣医疫学分野における標本の単位は、個体のみである。
b. 母集団の状況把握をするためには有意抽出より無作為抽出の方が優れている。
c. 標本抽出方法のうち、単純無作為抽出法は最も低コストな手法である。
d. 予想される有病率が高いほど、必要な標本数は増える
e. 有病率の信頼区間を推定する場合、標本数を増やすとその幅は狭くなる

1.aとc  2.aとd  3.bとd  4.bとe  5.dとe

答えと解説

【答え】4.
a. 標本単位は個体に限らない。
b. 正しい。
c. 単純無作為抽出を行う際には、すべての個体などのリストが必要となり、母集団が大きい場合は他の手法に比較して手間と費用がかかる。
d. 必要な標本数が最大になるのは、予想される有病率が0.5の時である。
e. 正しい。

【解説】
 ある集団の特徴を把握するためには、調査が必要である。ここで、調査対象を集団全体とする場合を全数調査、調査対象を集団の一部に限る場合を標本調査集団と呼ぶ。集団全体の状況を完全に把握する必要があれば、全数調査が唯一の手法となるが、現実的には費用や時間の制約から不可能なことが多い。そこでしばしば標本調査が実施され、標本から得られた情報から集団全体の状況を推し量ることとなる。標本単位は動物個体レベルで実施されることもあるが、特に家畜衛生分野では農場レベルあるいは地域レベルでの疾病の有無を検討することがしばしばあり、標本単位は個体に限らない。また、限られた標本の中から集団の状況を推定するため、抽出される標本は、集団の中から無作為に選択されることが原則となる。標本の抽出方法については単純無作為抽出の他、系統無作為抽出、層化無作為抽出、集落無作為抽出など様々な手法があるが、いずれも調査の目的、予算、費やせる期間等に照らし合わせて最適な手法を用いることが重要である。
また、調査の目的に合わせて必要な標本数は異なり、それに対応する数式が知られている。例えば、有病率推定を目的とする場合は一般的に:

(〖1.96〗^2 ×予想される有病率 ×(1-予想される有病率))/希望する絶対精度

にて必要な標本数が算出される。この式には「予想される有病率とその補数」の積が含まれているため、予想される有病率が0.5のときにこの式から得られる値(必要な標本数)は最大値になる。逆に、予想される有病率が0.5から離れるほど(0または1に近づくほど)必要な標本数は小さくなる。
また、有病率の95%信頼区間の幅は:
1.96 × √((標本から算出された有病率 ×(1-標本から算出された有病率))/標本数)

にて算出された値を用い、「標本から算出された有病率」から足し引きしたものが95%信頼区間のそれぞれ上限と下限となる。またこの式から得られる値は、標本数が増えると小さくなくことから、結果的に信頼区間の幅は狭まることになる。
疫学研究における標本抽出ついてのより詳細な説明や実例については、獣医疫学会編「獣医疫学-基礎から応用まで-〈第二版〉」(近代出版、ISBN978-4-87402-179-8)の75~88頁を参照されたい。

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