第2回~疫学の研究手法について~ その2
【問 題】以下は疫学研究手法の一つである「横断研究」に関する説明である。正しい組み合わせはどれか
a. 有病率調査などに用いられることが多く、対象は個体のみに限られる。
b. ある一時点の調査を行うため、疫学情報収集や検体サンプリング期間が数か月に及ぶ場合は横断研究とは呼ばない。
c. 症例対照研究と比較して、比較的因果関係の立証がしにくい研究手法である。
d. 他の疫学研究に比較して、一般的に費用は少なくて済む。
e. リスク比を用いて疾病の有無とその疑わしい要因の関連の強さを評価することがある。
1.aとc 2.bとd 3.cとd 4.cとdとe 5.該当なし
答えと解説
【答え】 3.
a. 横断研究は一時点の疾病の分布を表す指標である有病率の推定に用いられることが多い。ただし、ここでいう有病率は動物個体レベル、すなわち「罹患動物数/検査動物数」のみに限られない。農場レベルでの疾病の有無、という観点から、「罹患動物がいる農場数/検査農場数」という指標を「農場レベルでの有病率」として使うこともしばしばある。
b. 横断研究は一時点の疾病の状況を観察、検証する手法ではあるが、現実的に「その日その場所その対象 動物(あるいは農場)」の状況をすべて知ることは不可能である。そこで仮に調査が大規模であり、疫学情報や検体の収集に3か月間を要したとしても、個々の情報、検体を入手したのは一回(一時点)であり、一時点のデータを3か月間かけて収集したと考えられ、横断研究として扱われる。
c. 正しい。
d. 正しい。
e. 横断研究で疾病の有無とその要因の関連を検討するための指標はオッズ比である。
【解 説】
横断研究はその名の通り、時間軸を横断的にとらえ、ある一時点における動物の状況を把握するために用いられる研究手法であり、その実施の手軽さから獣医学分野では頻繁に用いられる。一般的には有病率調査に用いられることが多いが、対象は動物個体に限らず、農場を単位として農場レベルの有病率として用いることもある。一時点の状況把握が目的のため、有病期間が長い感染症、あるいは慢性疾病について、比較的短期間で安価に実施することが可能である。一方、発生自体が稀な疾病、あるいは発病期間が短い急性疾病については、正確に患畜を把握することが難しくなるという短所も持つ。
また、横断研究では有病率の評価の他に、ある要因の疾病の有無への影響を評価することもある。その指標としてオッズ比が知られている(オッズ比は症例対象研究で多用される指標であるが、横断研究でもしばしば用いられる)。オッズとはある事象の起こりやすさを示す「比」である。ここである調査の結果、疾病の有無とある要因について以下のような状況が得られたとする。
要因への暴露あり | 要因への暴露なし | |
疾病あり | a | b |
疾病なし | c | d |
ここで調査の結果明らかになったある要因への暴露があったグループのうち、疾病があった例(a)と疾病がなかった例(c)の比、すなわちa/cを暴露グループのオッズという。同様に要因への暴露がなかったグループのオッズはb/dとなる。オッズ比はこれら「オッズの比」であり、
a/c÷b/d すなわち ad/bc
と定義される。これが1より大きい場合、その要因は疾病に対する危険因子であることが疑われる。逆に1より小さい場合はその要因は疾病に対する防御因子であることが疑われる。1の場合は疾病と要因との間に全く関連がないと考える。
なお、横断研究はある一時点における疾病と関連要因を観察しているので、時間的な前後関係の評価が難しく、「関連の有無」は評価できても、「因果関係」を直接的には証明はできないことに注意すべきである。したがって、横断研究で関連要因をある程度まで推定し、それらについて症例対照研究、あるいはコホート研究を用いて因果関係をより詳細に検証するというアプローチもしばしばとられている。オッズ比と類似した指標としてリスク比があるが、こちらは主としてコホート研究等に用いられる指標である。こちらについは次号以降で解説する。
なお、横断研究のより詳細な説明や実例については、獣医疫学会編「獣医疫学-基礎から応用まで-」(近代出版、ISBN4-87402-108-5)の75~88頁、山根逸郎著「獣医疫学実用ハンドブック」(チクサン出版、ISBN 4-88500-423-3)の87~94頁などを参照されたい。
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